両家の顔合わせ、私達の挨拶とその後
結婚となれば、
(1) 双方の親への挨拶
(2) お互いの親の顔合わせ/結納
が最初のステップとなりますよね。
私達の場合は、
2000年4月
相方が私の両親に挨拶
2000年9月
私が相方の両親に挨拶
2000年11月
双方の親との顔合わせ
をしました。もう6年も前です。なのに2007年2月に結婚です。
私と相方は、当時関西に住んでいた。
相方は関西には2年目。私は関西人♪
[相方が私の両親に挨拶]
昼前に私の実家に相方が来て、私の両親と初対面。
しばらくたわいもない話を談笑し、レストランへ。
私と母:父が結婚の話を一切持ち出さない、そして相方に何も言わさない
ほど、しゃべりたおしていたので、凄く不安になる。
レストラン:洋食のコースを注文し、ワインを飲む。
父がここでもまた、しゃべりたおし、お酒も入ってか更にしゃべるしゃべる。
私と母、目配せをし、「お父さん大丈夫?」と囁くこと数回。
結局結婚話は何も出ず、会食終了。
レストランを後にし、また実家にもどり、デザートをまた食べる。
ここまでくると、もうくつろぎモード。
世間話に花を咲かせ、彼は家を後にする。
彼を駅まで見送り、家に帰るやいなや、
私と母:父に結婚の話を一切しないし、させないようにしてたでしょ!と怒りモード。
父:一目彼をみて、「この子なら大丈夫。と確信したから、結婚の話はする必要がなかった。」
とのこと。私と母、脱力。
その後、相方は料理上手なので、家に招待して、彼に料理を作ってもらったり(!)して家族付き合いを何度かしていた。
[私が相方の両親に挨拶]
次は私の番。
彼は福岡出身で、彼の両親は福岡に住んでいる。
新大阪駅:始発のレイルスターにのり、福岡へ!
彼は人足先に実家に帰っているので私1人で行くことになった。
新幹線の中では、緊張して景色を楽しむどころではなかった。
彼のお母さんとは、顔合わせ前に既に2度電話で話をしたことがある。
一度目は、彼の部屋に泊まっている時23時過ぎに電話で初めて話した!
初めましての挨拶がこの時!!!明らかに彼の部屋にお泊まりをしているのが
バレバレ。だけど彼もお母さんも全く気にしてなかったのです。
2度目は、私と彼が喧嘩して、別れる寸前だった時、彼の母から
別れないで頑張ってと、励まし?の電話を頂いた。
彼のお父さんとは話もしたこともなく、あの悪しき家父長制度時代に
育った方だったので、ドキドキした。
駅に着くと、彼が迎えにきてくれた、といってもバスなんだけど。
遂に彼の実家を訪問!
彼のお母さんは、電話での声の通り、おっとりして優しい方だった。
彼のお母さんの話し方が、どうしてよくいるおばちゃんのようなガサツな話し方じゃない
のか不思議で聞いてみたら、看護士をしていたからだそう。
定年まで看護士をしていたらしく、患者への接し方がそのまま普段の生活にも出ているとのこと(相方談)。
彼のお母さんは、ワンピースを着ている私に、「ラフな格好をしなさい。」と、割烹着のような服を渡してくれた。彼は、「こんな変な服着んでいい!」と取り上げた。。。
ちょっと緊張が解けた時でもあった。
手土産を渡し、彼のお父さんに挨拶。よくしゃべる人で、これまたリラックス。
早速、彼のお母さんが、「暑いからそうめん食べましょう」と言い、お昼ご飯をいただく。
暫く話しをした後、当時私は歯列矯正をしていて、彼のお父さんは歯科医をしており、早速私の歯に張り付いてる物をみつけ、歯の話を始める。
そして医学書を部屋から持ってきて私に見せる!
と和やかな時間がなんとか過ぎて行った。
帰りは、相方と一緒に相方行きつけの雰囲気の良いバーで少し飲んでから、
2人でレイルスターのサイレンスカーに乗り関西に帰った。
この時が一番リラックスしていたのは今でも覚えている。
[双方の親との顔合わせ]
顔合わせをする時期には既に双方の親同士は電話で何度か話をしていた。
なので全く初めてというわけじゃないんだけど、対面するのは初めて。
場所は、大阪の日本料理屋。
私と相方とで、数件ほどお店を見て回った。
重視したのは、個室があること、そして彼のお父さんは膝が悪いので
掘りごたつのようになっていること。その2点。
JR大阪駅から歩いて10分くらいの日本料理屋に決定。
彼の両親は当日、福岡から新幹線で来阪。
両家、無事にお店に到着。
が、ちょっとハプニングがあった。
彼の両親は支度で忙しく、バタバタして新幹線に乗ったそうで、
彼のお父さんは入れ歯を付けて来るのを忘れたのです。
なので、彼のお父さんは食事は食べられず、お酒ばかり飲んでおられた。
入れ歯がないと話をし難いので、私達は聞き取るのに必死だった。
しかし、彼のお父さんは、私の父よりよくしゃべる人で終始話をしていた。
しゃべりな父もこれにはびっくりしていた。
彼の両親と私の両親は、実は、一回り以上違うんです。
なので、私の両親の方がちょっと恐縮気味でした。
彼のお母さんは33、お父さんは37の時に結婚しているのです。
今なら普通ですが、当時としては珍しく晩婚だったのです。
親戚の反対に合い、なかなか結婚できなかったとかおっしゃっていました。
彼のお母さんは、お父さん側の親戚付き合いが嫌で殆ど付き合いをしていないと言っていたことを思い出し、なるほどそうかと思いました。
相方自身もお父さん側の親戚は嫌らしい

無事顔合わせが終わり、これかろも宜しくお願いしますと挨拶をし退散。
その後、私達家族は、阪神百貨店の地下にあるイタリア料理のお店でパスタを食べました。
父は、緊張からか、しゃべり過ぎかで、あまり食事に手がつけられなかったらしいです。
ちなみに、結納は絶対したくなかったので、しなかった。
私の父は結納は?とか相方と一緒にいる時に聞いてきたけど、私が却下しました。
彼の両親もそういうことは気にされていませんでした。
とにかく、結婚さえしてくれれば良いという感じだったのです。
後日電話で、
彼のお母さんからは「息子をよろしくお願いしますね」と
彼の妹さんにからは「爆弾持ちだけどお兄ちゃんのこと宜しくね」と言われました。
なんだか母親になったような妙な気持ちだった。
というように、特段、何の問題もなく挨拶から顔合わせまで終了。
私と相方は2000年5月に東京の新築マンションを購入し、マンション引き渡し時期の2000年12月に東京に移り、来年やっと結婚することになりました。
顔合わせから結婚までが長過ぎなんだけど、その理由は全て私。
結婚時期は東京での生活が落ち着いてからということだったので、明確には決めていなかったのです。
そして私が年々結婚したくなくなったのです。東京ライフ満喫中♪という感じだったのです。
ごめんね相方〜
相方の親戚が何といおう、私は自分の意志を伝えた。
相手が相方の親だろうと、親戚だろうと、自分の意見を言うべきことははっきりと言う私。
だから結婚のことも、特にひっかかりのあった、とっくの昔に廃止された家制度についても話したし、
私は嫁じゃなく妻になるということ。そして、相方のお母さんは義母であって姑にはならないことも話した。戸籍上は嫁という言葉は死語だしね。
相方の親戚は殆どが九州。特に九州の女性って強い人多いから、
はっいりと物を言う人も多い。はっきり物を言う人って気持ちが良い。
だけど、私は彼女達には負けていない。それ以上だと思っている。
十分張り合って行けると思った私

実は相方は親戚との相性を結構気にしていたのです。
上にも書いたように、かなりはっきりと物を言うキツい親戚が多いから
弱い女性はやっていけないということを。
実際に、相方のいとこ(男)の結婚相手も親戚のせいで破談になっているので。。。
かなり遠い道のりになったけど、将来設計のことを考えると今結婚するべきだと決心し、結婚することに。
6年も夫婦同然の生活をしているので、お互いの嫌な面も知っているし、大体の行動パターンも知り尽くしている。
なので、新婚という甘い経験が出来ないのが非常に残念だけど(自業自得だけど)、
幾度かの危機を乗り越えただけあって、正式に夫婦になることを2人で決めてからは、過去6年の生活では考えられないほど非常に晴れやかな気持ち、家の中の空気が穏やかになっているのは事実です。
実際に結婚すれば、新婚のような雰囲気になるのかな
とその時を楽しみにしていますby janvier
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